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日本ハムというチーム

2007.06.15.14:39

昨日の対横浜戦・・・延長12回同点引き分け。
試合終わったの12時頃でした。
うちは子どもがいるので、ドームに観戦に行かなくて
良かった~と思いました。
すごい試合でしたけど、帰り地下鉄が終わっちゃってて
大変だったみたいですね。


年の差先発(吉川対工藤)からはじまり、
点を取っては取られ、取られては取り返す・・・。
ハム川島選手が走塁中、横浜仁志選手の守備妨害を
したと抗議がありましたが、動画の中継を見ると
通り過ぎようとする川島選手に仁志選手が手をかけて
接触してるように見えました。
ただ、ルール上は
走者が打球を処理しようとしている野手を避けなかったか、
送球を故意に妨害した場合。
は、守備妨害となるそうなので
川島選手が仁志選手を避けたか、避けてないかは微妙ですね。
でも、1塁から2塁へは走らなきゃならないわけですし・・・。
そんな事もあり、いろいろ選手交代してるうちに使える選手も
居なくなっちゃって、セギノールの代走に須永投手が登場。
もうなんでもありです。

そんな野球を見てると・・・いつもハムを見てて思う事を
思い出しました。
なんか・・・ハムって水島新司氏の野球マンガとかを
連想しちゃうんです。
ドカベンみたいなキャッチャーがいるわけじゃないけど
日替わりで個性的な人たちが活躍しています。
どの人もこの人もいろんな苦労を乗り越えた人ばかり。
プロの野球選手はみんな苦労してるでしょうけど
ひとつ上いく苦労をしてる人が多いです。

昨日最後に投げた金森君は、お気に入りです。
がんばって欲しい。


以下は、私の気に入った記事です。



日刊スポーツ ハム番日記
小谷野の活躍がうれしい:高山通史
 人間は強くなれる、と実感できる選手がいます。26歳、小谷野栄一選手。30日現在、8連勝と好調なチームの中でラッキーボーイ的な存在です。打線はやや低調ですが、その中でも勝負強さを発揮。ここ3試合はスタメンで5番を任され、その役目をまっとうしています。実は約1年ほど前は、想像もできない姿…が、ありました。それだけにうれしく思っています。
 プロ4年目の昨シーズン。精神疾患の1つとされる「パニック障害」を患っていました。1度、記事でも紹介しましたが、食べ物を口に入れても嘔吐(おうと)の連続、夜は寝付けずに深酒の毎日、薬の副作用などとも闘っていました。当時、原因不明と聞きました。彼は明るく、天真らんまんな性格。いつも軽口を交えて取材していましたが、そのことを告白された時だけは何も言えず、どう反応していいのか、また言葉を探すのに困ったことを思い出します。
 オフに、少し元気になった姿を見てちょっと安心はしました。だが正直、重圧の厳しいプロの世界で再び復活できるのか-、確信は持てませんでした。あくまで個人的なことですが、自分と顔が似ていると周囲の人から言われることが多いので、個人的な感情もありました。本人からも時には「お兄ちゃん」と呼ばれているだけに複雑でした。
 今年2月の春季キャンプでは、そんなこちらの心中を察してか「お兄ちゃん、もう大丈夫だから」と何度か言われました。ただ復活して欲しいとは思いながらも、その言葉を信じ切れない自分がいました。
 ですが、うれしいほど裏切ってくれました。開幕メンバーからは漏れましたが、4月中旬に1軍昇格。その後、結果を出し続けて、今に至っています。今月3日の千葉マリンでのロッテ戦、今季初本塁打を放ちました。その際に、病魔に打ち勝ったことを記事の中に盛り込みました。

 その前、1軍に昇格したばかりの時に、本人へ確認をしたのを覚えています。病気のことを記事にしても良いのか-と、聞きました。とてもプライベートなことであり、人によっては隠したいこと…。しかも、もう思い出したくもないことかも、しれないからです。すると、このような答えが返ってきました。
 「自分も周りの人にいっぱい助けてもらって今がある。自分のことを知って、同じ病気の人が勇気を持ってくれたらいい。だから構いません。その代わり、ちゃんと復活した時にだけ書いてください」。
 正確に一字一句は記憶できていませんが、大意はこのような内容でした。
 前述通り、記事にしました。80行ほど、約1000字ほどの記事でした。その分量では収まりきらないほどのドラマがあったとは思いますが、書かせてもらいました。個人的にも強く生きようと、そんな「勇気」をもらった気がします。
 日本ハムが驚異の巻き返しを見せた5月が終わります。とても軽々しく「弟」とは言えないほど、たくましくなった彼が、紛れもなく快進撃を支えた1人でした。

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プロの選手たちはそれぞれ、挫折の経験は多かれ少なかれあると思う。ただし、今季活躍した選手たちは挫折や屈辱を少なからず経験している。阪神時代の球宴で大ブーイングを浴びた新庄しかり。入団直後の不祥事でバッシングを浴びたダルビッシュもそうだ。セットアッパーとしてフル稼働した武田久は170センチと小柄な体形から高校、大学とドラフトにかからなかった。右肩を故障し、変則投法を余儀なくされた守護神マイケル、メジャーを目指した稲葉、シダックスのチーム事情でプロを断念しかけたルーキーの武田勝など名前を挙げればきりがない。

         日刊スポーツ ハム番日記(2006.11.2)より


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2003年11月19日(水) 金森敬之

 4ヶ月前の夏。東海大菅生の金森敬之は、西東京大会決勝のマウンドに上がっていた。対するは昨夏も苦杯をなめた日大三。金森はいつもと同じように淡々と投げた。130km後半のストレートと切れ味鋭いスライダー。そして、夏前に覚えたフォークボール。
 試合は1点を争う好ゲームに。中盤、金森のフォークが冴え、日大三を封じる。しかし、同点で迎えた8回裏。金森は1死三塁から佐々木にタイムリーを打たれ、勝ち越し点を許した。そして、そのまま試合を終わった。

 試合終了の瞬間、金森は9回裏に備え、一塁ベンチ前でキャッチボールをしていた。最後の打者がファーストゴロに打ち取られたのを見送ると、両膝に手をつき、しばらくの間、動かなかった。挨拶の列に加わったのは、一番最後。重い足取りで列に並び、挨拶を終えた。肩を落としながら、一塁側応援席に向う菅生の選手。だが、そこに金森の姿はなかった。
 金森は試合後の挨拶が終わると、そこにうずくまり、顔を伏せて泣いていた。いつまでも泣き続ける金森を迎えに行ったのは、横井監督だった。選手ではなく、横井監督が迎えに行った。金森は横井監督に抱かれるように、一塁側応援席の前へ向った。応援団の挨拶が終わったあとも、金森は泣いていた。

 あんなに泣く選手は初めて見た。閉会式が始まるまでの時間、延々と泣いていた。

「応援してくれる人たちのために、絶対に甲子園に行きたい」
 夏の大会前、金森はそう話していた。
 金森は大阪のオール羽曳野ボーイズから、東海大菅生へ入学してきた。中学3年のとき、横井監督がオール羽曳野の練習に訪れた。目的は、ある選手を菅生に誘うためだ。だが、その話は流れた。代わりに、菅生入学の話しがついたのが金森だった。
 横井監督はいう。
「中学時代は大した投手じゃなかったよ。でも、人間的に素晴らしいものがあった。顔は悪がきみたいな顔してるけど、ハートは強い」
 金森も中学時代を振り返る。
「エースじゃなかったんですよ。うちの代は強くなくて。1コ上は田辺さん(明徳義塾ー関大)がいて、1コ下にはダルビッシュ(東北)。自分の代だけが甲子園に出てないんですよ」

 横井監督は父親のような口調で金森のことを話す。
「あの子は背負っているものが違うんですよ。東京の選手とは野球にかける思いが違う。大阪からひとりで出てきて、甲子園に出られなければ、地元に帰れない。それくらいの思いで野球をやっているんです」
 大阪から東海大菅生の野球部に来たのは、金森が初めてだった。横井監督は冗談っぽくいう。
「大阪から来るというので、教員の中でも話題になっていたんですよ。どんな悪ガキなんだって、警戒していてね(笑)。でもあの子と実際接したら、誰もがあの子の優しさに魅かれますよ。人間的な魅力は本当に大きな子です」

 横井監督は、金森のことを「あの子は野球小僧なんですよ」とも表現した。
 うまくなりたい、勝ちたい……つねに追求していた。そういった金森の思いは、チームにも浸透した。
「大阪人特有の気質というんですか。そういうのがあの子にはあるんです。常に勝負をしているというか。気の強さを持っています」
 大人しかったというチームが、大阪出身の金森がいることで、チームが変わったという。

 
「甲子園に出て、色んな人に恩返しをしたい」
 金森の夢は叶わなかった。でも、プロ野球という、それ以上に大きな夢が今日叶った。大阪から遠く離れた札幌で野球をやる。
「金森の家は、おじいちゃんもおばあちゃんも健在でね。すごく寂しい思いをしてると思うんですよ」
 横井監督の言葉が思い出される。
 東京よりももっと遠い札幌。家族に雄姿を見せるには、プロ野球で活躍するしかない。
 

 東海大菅生には、金森の弟・基彰も1年生に在学中。もちろん野球部。大阪から東京へ。兄と同じ道を選んだ。
「基彰は上宮太子中に通っていたから、そのまま上宮太子で野球ができるんですよ。何もわざわざウチに来なくてもねぇ」
 冗談交じりに、横井監督は話していた。それでも、弟の存在は金森を大きく変えた。
「基彰が来てから、金森はすごく変わりました。人間的な成長がありましたね」
 金森本人もこう話す。
「弟が来たいというのは聞いていたんですけど、本当に来るとは思ってませんでしたよ(笑)。最初はやりづらかったですけど、いまは弟の前で無様な格好はできないと思って、やってます」

 弟は今秋の都大会で背番号14を着けてベンチ入りを果たした。兄の果たせなかった「甲子園」という夢は弟に託されている。

           みのるの「野球きちがい」日記 より


しかし・・・こんなに野球にはまるとは
自分でも意外です。
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Secret

青空さんのファイターズ愛が伝わりますねぇ。

2007.06.15.18:22

 僕は特ドラゴンズファンというわけではないんですが、それでも名古屋に生まれ育てばドラゴンズは身にしみていて、好きかといわれれば否定できない存在ではありますねぇ。
 今日、お昼に週刊誌読んだら、江夏も日ハムファンのことをものすごく評価してましたよー。
 どこの球団のファンもみならわなくてはいけませんねぇ。

 さて、そんな今週はわれらがドラゴンズと2連戦ですね!!
 見に行かれるなら、試合前のファンイベントなども覗いてみてくださいね、ドアラがいるかもしれませんので、2ショット写真などどうぞ。w

 わがドラゴンズ、ちょっとマー君&延長戦、と疲れはでてるかもしれませんが、負けませんよ~!!

ヘロヘロが取れませんが

2007.06.16.00:44

青空さん、全うしましたよ、昨日の試合。
ブログには書きませんでしたが、かなりの
お子さんが球場に残っていました。中には
寝ている子も。。。ちょっとね、首かしげました。
完全に親の都合ですよね。。。。明日が休日ならいざ知らず、学校や幼稚園などあるんですから・・・我々の頃には考えられないなと。

金森くん、あの穏やかな表情で投げる姿の
裏にそういう物語があったんですか。吉川君
にしろ、木下くんにしろ、1軍でプレーするには
ハートが強くて輝いていないとだめなんですね。
明日も明後日も応援に行きます。
ちょっと調子が落ちぎみの賢介を見守ってきます。

2007.06.18.20:48

フラ さん
昨日、観戦に行ってドアラも見て来ましたよ~。
ファイターズのB☆Bもかわいいのですが
ドアラにはちょっと負けたかも・・・。
娘は・・・恥ずかしがって写真撮影にも並ばないので、一緒に写真は撮れませんでした。
でも、ちらっと撮影しました。
試合は2試合とも接戦で良い試合だったと思います。


あひる さん
お子さんのいる方は途中で帰ったんだろうなぁと思ってましたが・・・。
見たい気持ちはわからなくも無いですが
やっぱり子ども優先じゃなくちゃね~。
うちは普段でも帰り時間は気になりますよ。
金森君・・・もうかわいくて、しかも
なんだか打たれる気がしないです。
打たれたら・・・悲しいだろうなぁ。
勝さんといい金森君といい、あんな可愛い顔して打者を打ち取るところがいいですねぇ。
マックもちょっとお疲れ気味のようで・・・。
でもこういう時に直人が打ってくれたり・・・
やっぱファイターズは日替わり定食ですね。

プロフィール

青空

  • Author:青空
  • 旦那 単身赴任中
    娘  中2
    猫  5歳






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